金澤和傘の歴史や特徴は?どこで購入・値段は?後継者はいるの?

金澤和傘って知りませんでしたが、先日TVで映っていたのを見て、その鮮やかさ
美しさに、とても心を動かされました。傘というより芸術作品ですね。雨でも金澤和傘をさしたらとても明るい気分になれそうです。そんな金澤和傘について知りたいと思い次のことを調べてみました。
・金澤和傘の歴史や特徴は?
・金澤和傘どこで購入・値段は?
・後継者はいるの?

をまとめました。

金澤和傘の歴史や特徴は?

金澤和傘って、雨の中にパッと美しい花が咲いたかのような傘なので、
雨で憂うつになりがちなところに、明るい気分にさせてくれそうですね。

また傘の和紙に降る雨音も、パラパラと風情がありそうです。

洋傘と趣の異なった和傘ですが、
実は日本で誕生したものではないんだそうです。

実は、中国の高貴な方が日除けや魔除けに使う「天蓋」というもの、
パラソルみたいなものですかね、
それが日本に伝わって開閉できる雨具へと進化していきました。

天蓋の歴史は古くてお釈迦様の日よけとして使われていたという説もあります。

日本では平安時代の頃から貴族などの間で
大き目の日傘として少しずつ広まっていったといわれてます。

室町時代になり、和紙に油を塗ることで防水加工をして、
開閉できて持ち運びができる雨具としても広がり始めました。

和傘が庶民の間で使われるようになったのは江戸時代になってからです。

明治時代になると上流階級で洋装が広まるとともに洋傘も普及し始めます。
さらに時代とともに、庶民にも洋装が広まり
戦後は急速に和装から洋装になって、傘も洋傘になり、
和傘はだんだんと日舞や茶道の小道具などで使われる特別なものになってしまいました。

江戸時代には全国にたくさんいた和傘職人も、
明治時代から少しずつ減少して
現在は、岐阜・京都・金沢、鳥取、徳島、大分に
少数の和傘職人
がいるのみになってしまいました。

金澤和傘の特徴

金沢和傘の特徴は、まず見てわかるとおり色鮮やかなデザインです。

これは初めて見てもほれぼれする色鮮やかさです。
たぶんこれは金澤の気候と関係していると思いますが、
雨や雪が多いどんよりとした天候が多いために、
鮮やかな色合いで気分をパッと明るくしようという心づもりがあった
と思います。

同じように北欧の方の家具や建物なんかも鮮やかな色使いですよね。

また金澤和傘の特徴としてとても丈夫なこと。

金沢には「弁当忘れても傘忘れるな」という言葉があるくらい、
降水量が多い地域なので、雨や雪などの重い水分に耐えれるように

傘のてっぺんの部分には和紙が四重にも貼られていて
これは他の地域の和傘にはみられないものだそうです。

また、和傘の縁の部分には「小糸がけ」という糸での補強がされていて
デザインとしても素敵です。

和傘作りは40以上もの工程があって、本来分業で人手をかけて作っていました。

「傘」の漢字がありますよね。
この字を見ると、屋根の下に「人が4つ」も書かれてできています。
つまり昔は傘作りに人手がいることに由来しているみたいです。

「金沢和傘」は、実用性と美しさも兼ねそろえたすばらしい傘です。

金澤和傘どこで購入できるの?値段は?

金澤和傘を作っているお店は最盛期には118軒もの和傘屋があったそうですが
現在金澤和傘を作っているのは、
石川県金沢市の「松田和傘店」のみになってしまいました。

〒921-8023 石川県金沢市千日町7−2
 電話: 076-241-2853

松田和傘店は1896年 (明治29年) 創業、
現在3代目の松田重樹さん(61)が
40以上の行程を一人で行っています。

金沢和傘は金沢千日町の店舗でのみでの販売
百貨店販売、催事販売、委託販売、ネット販売などは一切していません。

基本オーダー制
最長で男物が1年半、女物が8ヶ月待ちとのこと。
在庫があれば、お店で購入できます。

値段は色鮮やかなものは6万~10万円ほど。
シンプルなものは1万~3万円ほど
です。

後継者はいるの?

現在一軒のみになってしまった金澤和傘店
この伝統技術が無くなってしまうのはとても残念です。
いったい後継者はいるのでしょうか?

後継者として
金澤和傘に魅せられた埼玉の「間島円さん」と言う女性が
弟子入りを頼んだのですが、
「食べていけない仕事を継がせるわけにはいかない』
という職人気質の考えで弟子入りを許されなかった
といういきさつがありました。

間島さんがしつこく通ううちに
やっと「共同制作者」ということで
金澤和傘を作ることを許されたのですが、
何も教えてくれるわけではなく、見よう見まねだったといいます。

現在、間島円さんは独立して金澤和傘を作っていますが、
独立する際の和紙や竹など材料の仕入れ先の手配など
一切“師匠”からの紹介はなかったといいます。

4年前からは
大阪出身の松本佳子さん(52)が
傘の修理を担当しながら金澤和傘作りを学んでいます。

昨年11月からは森田采希子さん(26)が
県工高で漆、美大で彫刻を学び、傘の絵付けをしていた縁で
金澤和傘作りを学んでいます。

間島円さんも、毎月1度、店に足を運んで研鑽を続けているとのこと。

現在3人の女性の後継者が育っています。

松田和傘店は2020年の3月に95歳で2代目が亡くなったあと、
息子さんの重樹さんが3代目の後継者になりました。
3代目の重樹さんは、店の隣で新工房を開設して、
「金沢和傘の技術を守って後世へつないでいきたい」
と思いを強くしているそうです。

金沢和傘の存続危機に立ち向かうために
金沢和傘伝承研究会」というのもできていて
表具師、木工職人さんなどのメンバーが集まっているそうです。

なんとか「金澤和傘」残してほしいものです。

たぶん外人に金澤和傘のような日本の伝統職人芸は受けると思うので、
将来外人の弟子もできるのではないでしょうか。

松田和傘店の動画あるので是非見てみてください。

#111松田和傘店(金沢百景 HAB北陸朝日放送)

まとめ

金澤和傘を初めて知って、その美しさに魅せられました。実用的にもとても優れていて
半世紀はもつと言われているそうです。和装で金澤和傘をさして金澤の町並みを歩き、和の心を感じながら雨を楽しむ!何とも素敵ではないですか。将来是非とも残してもらいたい日本の伝統技術ですね。

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