阿木燿子の本名や学歴や経歴は?宇崎竜童との作品は?

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阿木燿子さんは作詞家ですが、夫のミュージシャンで俳優の宇崎竜童さんの作曲とともに、
数々のヒット曲を作詞しています。有名なのはあの山口百恵さんの「イミテーションゴールド」や「プレイバックPart2」などがあります。
そんな阿木燿子さんの
・本名は?
・学歴や経歴は?
・宇崎竜童との作品は?
が気になるので調べてみました。

最後に、山口百恵さんの曲作りのエピソード、インタビュー動画があるので、是非みてみてください。

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本名や学歴や経歴は?

阿木燿子(あきようこ)さん本名は木村広子さん

旧姓は福田広子さんですが、
夫の宇崎竜童(本名:木村 修司)さんと結婚して、
木村広子さんになりました。

生まれは、1945年5月1日、長野県長野市で、
町工場を経営する両親のごく一般家庭に生まれ
兄弟は、兄、妹がいます。

その後神奈川県横浜市に引っ越して、

捜真女学校中学部・高等学部を卒業します。
捜真女学校は、神奈川県横浜市にある私立高校ですが、
とても規律が厳しい女子校で息がつまってたらしいです。

1964年に、明治大学文学部、史学地理学科に入学
厳しい規律から解放され、ほっとします。

ここまでは、作詞に全く関係ないんですが、
でもここから阿木さんが作詞家になっていくのに
運命が大きく動きます

大学で「軽音楽部に入らないか」と声をかけられます。

声をかけてきたのは、後に夫になる同学年の宇崎竜童(法学部)さん

このとき、宇崎さんは阿木さんに一目惚れで、
「この人を奥さんにする」と思ってたようです。

阿木さんは今でもお奇麗ですから
お若い頃は、さぞかしさらにお奇麗で
キャンパスでとても目立っていたんじゃないかと思います。

宇崎さん、当時から作曲のセンスは抜群だったようで、
詞に即興のように曲をつけてて、
誰彼かまわず「詞を書いてくれ」と頼んでたといいます。

もちろん阿木さんにもその依頼がきて、
顔を合わすたんびに「書けた?」って聞かれるので、
ホント嫌気がさしていたらしいです。

宇崎さんは、すぐにでも結婚したかったらしいですが、
阿木さんはなかなかその気になれず、

二人が結婚したのは、
出会って7年後の1971年12月です。

阿木さんは明治大学卒業時、
卒業論文を含む10単位だけが不足してて、
本格的な音楽活動に入るために卒業を断念して中退したのですが、

2008年に特別卒業認定を受けて、
卒業が認められています。

この特別卒業認定というのは、
明大をやむを得ない事情で卒業できなかった人が
その後社会において顕著な功績を挙げ、
明大の発展と名声を高めることに貢献した場合に認められる制度です。

阿木さんの作詞家としての活躍が認められたということです。

ちなみに、この明治大学の特別卒業認定の第1号は
「ビートたけし」さんです。

作詞家としての初めての仕事は、
1969年、グループ・サウンズの
ジュリーとバロンのデビュー曲「ブルー・ロンサム・ドリーム」
このとき宇崎竜童さんは、このバンドのマネージャーをしてましたが、
その宇崎さん作曲、阿木さん作詞の初仕事でした。

1971年、26歳で宇崎さんと結婚。
何と結婚2年目に突如、宇崎さんが
「歌手デビューをする」と言い出し、
1973年宇崎さんは「ダウンタウンブギウギバンド」でデビューします。

「アルバムを出すのに、曲が足りないから書いてくれ!」
と宇崎さんにいわれて書いたのが
「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」(1975年)

宇崎さんのバンドがつっぱりでつなぎ服スタイルで歌って
作詞家、阿木燿子さんの大ヒットになりました!

私は、ダウンタウンブギウギバンドよく知ってる世代ですが、
この曲、しばらく一世風靡しましたね~
私もよくこの曲を口ずさんでました。

その後、阿木・宇崎のコンビで
今や伝説となった山口百恵さんの
全盛期から引退までのヒット曲の多くを手がけてます。

以降阿木さんは、
・郷ひろみ、
・中森明菜、
・キャンディーズ
・薬師丸ひろ子、
・石川さゆり、
・森昌子など、昭和のそうそうたる歌手にたくさんの人の作詞をして、
数多くのヒット作品を生み出しました。

1976年には『横須賀ストーリー』で日本レコード大賞作詞賞を受賞。
1979年『魅せられて』、1986年『DESIRE~情熱』で
レコード大賞を受賞。
2000年には『春遠からじ』で日本作詞大賞優秀作品賞受賞。

作詞家として、輝かしい業績を上げています。

1960年代から1980年代の歌謡史に残る大作詞家だと思います。

さらに、阿木燿子さんは、作詞家だけでなく、
とても多才な方です。

その美貌を生かして女優としてドラマや映画にも出演してます。
大胆な濡れ場も演じて大人の女性を演じています。

映画

1980年 「四季・奈津子」 ケイ役で出演
1983年 「家族ゲーム」 吉本の恋人役で出演
1986年 「ア・ホーマンス」 赤木加奈子役で出演
    「化身」
1999年 「ハッピー 劇場版」
2004年 「デビルマン」
2006年 『TANNKA 短歌』では、何と初脚本・初監督もしています。

モデル

【美魔女】としてモデルでも活躍してて
カネボウ化粧品とは長年専属契約を結んでいます。

コーラス

2002年からは、
コーラスグループ「ひふみレインボー」を主宰し、
コーラス活動もしています。

作家

作家としても多くの著書があり、
現在は、「サンデー毎日」で著名人との対談コラムを
毎週連載しています。

フラメンコ

フラメンコにもとても魅せられて、
からだを壊すほど練習したそうです。

そのフラメンコを生かして
「FLAMENCO曽根崎心中」の公演プロデュースを手がけて
2001年度文化庁芸術祭舞踊部門の優秀賞を受賞してます。

ホントにホントに多才な方です。

宇崎竜童との作品は?

山口百恵さんの大半のヒット曲は
阿木燿子さんが作詞宇崎竜童さんが作曲してます。

・横須賀ストーリー
・夢先案内人
・イミテイション・ゴールド
・プレイバックPart2
・美・サイレント
・しなやかに歌って
・ロックンロール・ウィドウ
・さよならの向う側

          ・・・他、多数

「これっきり、これっきり、これっきり~ですか~♪」の
「横須賀ストーリー」は、
山口百恵さんが自ら阿木さんと宇崎さんに
頼み込んでできた曲なんですって。

山口百恵さんが引退するまでのおよそ5年間に、
阿木さんと宇崎さんのコンビは78曲もの曲を提供してます。

私はちょうど、山口百恵さんの全盛期に育ってますので、
阿木さんと宇崎さんの今までにない新鮮な歌詞と曲に
ものすごい興奮と感動があったことを覚えています。

お二人の作詞作曲の山口百恵さんの曲、是非聞いてみてください。
今聞いてもとってもいい曲ばかりです。

 

山口百恵さん以外にも、お二人の作品はヒット曲がたくさんあります。

愚図 研ナオコ
熱帯夜 梓みちよ
表参道軟派ストリート 水谷豊
シングルガール 太田裕美
ぶたないで 桃井かおり
紳士同盟 薬師丸ひろ子
アダムな夜 鈴木雅之
石畳 石川さゆり
世界で一番幸せな娘 平原綾香

など多数

他の作曲家との作詞もさらにたくさんあります。

最後に、山口百恵さんの曲作りのエピソード、インタビュー動画があるので、是非みてみてください。

阿木曜子&宇崎竜童・音楽界の黄金コンビ 山口百恵の曲作りのエピソード

まとめ

阿木燿子さんの「本名は?」「学歴や経歴は?」「宇崎竜童との作品は?」を調べてみました。もともと作詞家になるわけではなかったようですが、宇崎さんとの出会いから、
大作詞家になった阿木さんでした。最近、たまたま阿木さんと直接お話する機会があったのですが、作詞の勉強は全くしたことがなくて、宇崎さんに頼まれて詞を書いていたら、
いつの間にか作詞家になっていたのよ。と話してました。
いや~生まれ持った才能ですかね。作詞にとどまらず、女優・モデル・作家・コーラス・フラメンコなどなど、その才能はとどまることがないです。
これからまたあたらしいことに挑戦されるかもしれません。
昔から阿木さんのファンなので、これからもさらなるご活躍の期待と応援をしております。

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