メリーゴーランド研究所は横浜にあって、メリーゴーランドを研究・開発している研究所。移動式メリーゴーランドを開発して、レンタルや販売をしています。この研究所の代表の寺道健一朗さんとはどんな方なのでしょうか興味がわきます。
そこで、
メリーゴーランドのレンタル・販売価格は?
寺道健一朗さんの経歴は?
をまとめました。
最後に、
メリーゴーランド研究所のメリーゴーランドの動画あるので是非見てみてください。
メリーゴーランドのレンタル・販売価格は?
メリーゴーランドのレンタルなんて、とても珍しいですね。
そもそもレンタルなんてあるの?
と思ってしまいますが・・
メリーゴーランド研究所は
もともと広告美術を制作している会社です。
その後メリーゴーランドを手がけるようになって、
メリーゴーランドといってもふつうイメージするモノとは違って
ここでは直径3mほどの3人しか乗れないメリーゴーランドのようです。
ですが、
2012年8月、記念すべき1号機が完成します。
レンタル料金は1日15万円(運搬費などは別途必要)
価格は1台約1000万円。
とのことです。
寺道健一朗の経歴は?
メリーゴーランド研究所の
代表の寺道健一朗さんはどんな方で
どうしてメリーゴーランドを作るようになったか
気になりますね。
実は話は寺道さんのひいおじいさんの話から始まります。
明治時代、
日本初の競馬場の根岸競馬場が
現在の横浜市中区にありました。
そのときに活躍した伝説の日本人騎手が
「大野市太郎」本名は寺道芳助さん。
1876年に14歳でデビューして
「イチ」のニックネームで親しまれて、
数々のレースに勝利し、
44歳で引退するまで30年間大活躍した
「明治時代の日本一の名騎手」として評判が高かった人です。
その大野一太郎(寺道芳助)さんのひ孫が
メリーゴーランド研究所代表の
「寺道健一朗」さんです。
なるほど「馬」つながりということですね。
寺道健一朗さんによると
「親戚が集まると、曽祖父の話題になり、
みんなの自慢の先祖」ということでした。
健一朗さんは大学卒業後、
舞台製作の会社に入社し、
立体ポスターの型を彫塑する仕事につきます。
1999年、30歳で独立。
電車の中づりや商品パッケージなど
の依頼を受けて忙しく働いていました。
そして過労がたたって
40歳の時、体の不調に見舞われます。
目まいで、たびたび周囲がぐるぐる回る不快感に襲われ
1週間以上の入院します。
なんとそのときに唐突にひらめいたのが、
「そうだ、メリーゴーラウンドを作ろう!」
ぐるぐる回るめまいでつらいときに、
逆にぐるぐる回るメリーゴーランドを作ろう!
って思いつくのがスゴイです。
「ひいお祖父さんの影響で馬も好きだったので、
知らず知らずのうちにひいお祖父さんに導かれたのかもしれない」
とも語っています。
本業の会社の傍ら
「メリーゴーラウンド研究所」を設立して。
3年間の試行錯誤を経て、
2012年8月、記念すべき1号機を完成させています。
直径3・6メートルの移動式で、音楽に合わせて3頭の馬が回ります。
ホント夢があって、すてきなメリーゴーランドです。
「乗った子どもたちの表情がぱっと明るくなった!」
「もっと、みんなの笑顔を見たい」
ということで、
・ファッションイベント
・住宅展示場
・百貨店
・ビル54階の広場
・砂浜
・路上、
など様々な催事に貸し出ししています。
イタリアやイギリスなど海外にも納品しているそうで、
特にクリスマス前は注文が多いみたいです。
現在の作業場ってかつての競馬馬の小屋があったところのようで、
何か因縁を感じさせます。
メリーゴーランド研究所のメリーゴーランドの動画あるので是非見てみてください。
まとめ
メリーゴーランド研究所の「メリーゴーランドのレンタル・販売価格は?」「代表の寺道さんの経歴は?」をまとめました。
メリーゴーランドの貸し出したり、販売したり、とても夢がある仕事だと思います。メリーゴーランドってどういうわけか幸せな気持ちになりますよね。代表の寺道さんには、ひいお祖父さんからの因縁が絶対にありそうです。これからもメリーゴーランドを通じて多くの人々に夢や希望を与えてほしいと思います。
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