遠藤正己(駒師)さんの駒の特徴と価格は?経歴は?

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遠藤正己さんは、将棋の駒を作る「駒師」です。遠藤さんは将棋にはタイトル戦のひとつの「竜王戦」で遠藤さんが作った駒が2018年11月に使われました。将棋のタイトル戦ので自分が作った駒が使われるということは、駒師の憧れですが、簡単にかなう夢ではありません。でも遠藤さんはそれを66歳にして実現しました。しかも遠藤さんが駒作りを始めたのは59歳で、わずか7年でタイトル戦の駒に選ばれるということは、ありえない話で異例中の異例です。NHKの逆転人生でも放送されました。
そんな遠藤さんについて詳しく知りたいと思いますので、
・駒の特徴は?
・駒の価格は?
・経歴は?

をまとめました。

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遠藤さんの駒の特徴は?

将棋駒の種類は大きく分けて4種類あります。

・廉価品は、いちばん安価なのは
 ベースとなる木地に直接字を書く「書き駒

・中級品は、文字を彫刻刀で彫って漆で色を塗る「彫り駒

・高級品は、字を彫った溝に漆を埋めて平らにした「彫り埋め駒

・最高級は、彫り埋め駒の上に
 さらに漆を盛って文字を浮き上がらせる「盛り上げ駒

この最高級品の「盛り上げ駒」を作るには
たいへん高度な技術が必要だそうです。

遠藤さんは「盛り上げ駒」だけを作っている
大変珍しい駒師です。

一般的に良い駒と呼ばれる駒は、
「木目が綺麗」
「字が読みやすい」
「見ていて疲れない」
「光沢感が良い」

という条件だそうで、
遠藤さんの駒はそれらを兼ね備えた
最高級の駒を作り上げていると思われます。

棋士の羽生名人は、
遠藤さんの駒について記者に聞かれて
線がすっきりしてとても見やすい
と話しています。

棋士にとって将棋の駒は、
やはり見やすいことや長く見ていても疲れないこと
はとても大事なことですよね。

そう簡単にはタイトル戦で使ってもらえるような駒を作るのは
難しいんでしょうが、
遠藤さんはすごいですね。

遠藤さんが作業するのは、
母親の介護が終わったあと
夜8時から深夜2時頃までとのこと。

毎日の介護もたいへんだと思いますが
将棋の駒作りもとても集中力のいる仕事なので、
ひと組(20個×2人分=40個)作り上げるのに
2ヵ月かかるそうです。

出典:社団法人「将棋を未来へ」
https://shogifun.org/item/itemgenre/piece/
寉峯(遠藤正己)作 盛上駒 源兵衛清安書 御蔵島黄楊 赤柾

遠藤さんの駒の価格は?

遠藤さんが作られた駒は
社団法人「将棋を未来へ」で

320,000~330,000円で販売されています。

なかなか一般人では手が出ない価格ですが、
わずか修行9年で
そのような駒を作れるようになったとは
たいへんな驚きです。

ちなみに遠藤さんの師匠の大澤建夫さんの駒は
380,000円で販売されていました。

経歴は

遠藤正己さんが駒師になるまでは
波乱の人生があって驚かされます。

決して望んで駒師になったわけでなくて、
成り行きでいつの間にか
なかなか望んでもなれることのない
有名駒師になってしまった感じです。

人生ってホントわからないですね。
そんな遠藤さんの経歴を紹介します。

遠藤正己さんは1952年東京で生まれ
その後山梨県に引っ越して高校まで過ごします。

高校卒業後上京し
パブでアルバイトをしているうちに
飲食業に興味が膨らんで、
自分の店を持ちたいと思うようになります。

ところが芸能プロダクションの社長と知り合って、
「ギターの弾き語り」に転身します。

いきなり「ギターの弾き語り」に転身って
ギターとか、歌とかできたんでしょうか?

ギターの弾き語りで
各地のナイトクラブを回ってたとき、
秋田のお店でお客の女性に一目惚れ。
その女性と結婚して2人の子供が生まれます。

29歳、奥さんが3人目の子供を身ごもったとき、
弾き語りの仕事を辞めて山梨に戻ります。

そこで自動車販売店の営業の仕事を2年間続けてあと、

31歳で念願だった自分の飲食店の「居酒屋」をオープンします。
店の名前が「龍」
遠藤さんが辰年だったから名付けてみたいですが、
将来駒師になる伏線のようなものを感じます。

この居酒屋が大当たりしてとても繁盛し
何もかもうまくいき、一生続くのかと思いきや

44歳のとき、最愛の奥さんを
交通事故で亡くします

このあとの15年は遠藤さん
何をやってもだめで人生のどん底だったようです。

・居酒屋は赤字となって2年廃業
そのあと
・スーパーの総菜係
・ゴルフ場のレストラン勤務、
・テイクアウトの寿司店の支配人など、
20以上の職を転々としますがどれもうまくいきません。

60歳目前で今度は母親の介護が始まります。

さらに、働いていた頃の年金記録が無くなってて
年金もアテにできなくなるのが発覚します。

母親の介護をしながら
何か仕事をしなければ生きていけない!

駐車場経営はいいかも・・でも田舎じゃ難しい

そこで遠藤さんにひらめいたのが
将棋サロン」でした。

このひらめきが運気上昇につながります。

・定年退職したおやじが家にいたらじゃまにされる
・パチンコに行けば金がかかる

そうだ、将棋サロンならみんなが集まれるし
お金もパチンコみたいにはかからない

という思いつきで
将棋盤や将棋の駒を買い集めていきます。

あるとき遠藤さん
将棋駒を製作している会の展示即売会を訪ねます。
素人目ではどの駒がいいものか分かりません。

そんなときある一人の男性から声をかけられます。
「気に入った駒がなければ、自分で作ってみればいいじゃないですか。」
「私がちゃんと教えますよ」と

この出会いがきっかけで、
遠藤さんは59歳で駒作りの修業を始めます

この声をかけてきた男性が遠藤さんの師匠となる
駒師の大澤建夫さん。

大澤の作った駒は何回もタイトル戦で使われていて
有名な駒師でした。

これが遠藤さんの運命の出会い!

遠藤さん運命の出会いまで15年かかっていますが、
人生何が起こるかわかりません。
自分で望んでいなくても、運命の出会いってあるんですね。

とは言っても、ものになるかどうか最初はわかないです。

でも
駒師の初期投資は
彫刻刀1本とサンドペーパーぐらいで
全部揃えても10万円ぐらい。

これならものにならなくても、
損失は少ないし、
表札彫りのアルバイトぐらいはできるんじゃないかと
そう思って修行を始めたそうです。

駒師は挑戦して挫折する人がとても多いそうですが
遠藤さんは
駒を作り始めて3年目のときに、
日本将棋連盟の売店に駒を置いてもらえるほど上達
駒師を始めてたった9年で
タイトル戦でも使ってもらえる駒をつくる
有名な駒師になりました。

まとめ

遠藤正己(駒師)さんの「駒の特徴」「価格は?」「経歴は?」をまとめました。
遠藤さんは駒師を目指していたわけではなく、波瀾万丈の人生の中、59歳のときに
師匠となる駒師とのであいからわずか7年で将棋のタイトル戦で使われる駒を作るように
なった人でほんと驚きです。遠藤さんの人生をみてみると、2つ考えされられました。
・人との出会いは運命を変えることがあるのでほんとに大事だということ
・自分には何が向いてるか、何に隠れた才能があるかわからないので、縁があったものは とりあえずやってみる
ですね。
人生いいときもあれば、悪いときもあって、まさしく万事塞翁が馬ですね。

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